黒織部茶碗もどき
‘抹茶茶碗もどき'シリーズの第2作は、黒織部茶碗もどきである。
黒織部茶碗
黒織部茶碗とは、
『桃山時代の博多の豪商神谷宗湛の茶会記『宗湛日記』に記された慶長4年(1599)2月28日の古田織部の茶会の記録には、次の一文がある。
「ウス茶ノ時ハ、セト茶碗、ヒツミ候也、ヘウケモノ也」
「ひずみ」と「瓢軽」をもつこの茶碗は、織部茶碗ではないかといわれている。歪んだ形の茶碗は、織部の特徴の一つで、その形を平安時代の木沓に例えて「沓形」という。
黒い織部には、文様がない「織部黒」と、文様がある「黒織部」の2種類がある。黒い色は、焼成中の窯から引き出すことによって鉄釉を黒く発色させたもので、「引き出し黒」と呼ばれている。
』(「桃山陶」より)
『織部は、江戸時代初期に美濃地方(現在の土岐市)元屋敷窯で焼成が開始された。茶人 古田織部の好みで創られたと云われ、織部釉とも呼ばれる銅緑釉が特徴の総織部・青織部や胎土に赤土と白土を用いた鳴海織部などがある。この黒織部は鉄釉を施し焼成中に窯から引き出し急冷したもので、その多くが口縁が歪められた沓形茶碗である。その形体も黒釉の部分に窓を作り文様を描くもの、黒釉をヘラで掻き落とし文様を付けたものなどハ゛ラェテイに富んでいる。』(「黒織部茶碗」より)
○黒織部茶碗もどき
菓子は、たねや

黒織部茶碗もどき
‘もどき'が本歌と違う点は、引き出し黒でないことである。
もどきは、天目釉で黒を発色させている。文様は釘彫り。
文様は、大和文華館蔵・黒織部から一部借用した。
器形は、別の黒織部の沓形を模した。

高台

黒織部茶碗
黒織部茶碗とは、
『桃山時代の博多の豪商神谷宗湛の茶会記『宗湛日記』に記された慶長4年(1599)2月28日の古田織部の茶会の記録には、次の一文がある。
「ウス茶ノ時ハ、セト茶碗、ヒツミ候也、ヘウケモノ也」
「ひずみ」と「瓢軽」をもつこの茶碗は、織部茶碗ではないかといわれている。歪んだ形の茶碗は、織部の特徴の一つで、その形を平安時代の木沓に例えて「沓形」という。
黒い織部には、文様がない「織部黒」と、文様がある「黒織部」の2種類がある。黒い色は、焼成中の窯から引き出すことによって鉄釉を黒く発色させたもので、「引き出し黒」と呼ばれている。
』(「桃山陶」より)
『織部は、江戸時代初期に美濃地方(現在の土岐市)元屋敷窯で焼成が開始された。茶人 古田織部の好みで創られたと云われ、織部釉とも呼ばれる銅緑釉が特徴の総織部・青織部や胎土に赤土と白土を用いた鳴海織部などがある。この黒織部は鉄釉を施し焼成中に窯から引き出し急冷したもので、その多くが口縁が歪められた沓形茶碗である。その形体も黒釉の部分に窓を作り文様を描くもの、黒釉をヘラで掻き落とし文様を付けたものなどハ゛ラェテイに富んでいる。』(「黒織部茶碗」より)
○黒織部茶碗もどき
菓子は、たねや

黒織部茶碗もどき
‘もどき'が本歌と違う点は、引き出し黒でないことである。
もどきは、天目釉で黒を発色させている。文様は釘彫り。
文様は、大和文華館蔵・黒織部から一部借用した。
器形は、別の黒織部の沓形を模した。

高台

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